ミラノサローネにおける東芝のLEDを使ったインスタレーション
「OVERTURE」とは、すなわち「次世代のあかり文化への序曲」を意味しています。このインタラクティブ・インスタレーションは、LEDという新しい光源の到来に象徴される、照明とあかり文化のパラダイム・シフトを表現しています。
ミラノ市内トルトナ地区の、とある会場。薄暗い無限回廊のような空間には、電球型のガラス製オブジェが約100個ほど吊るされています。オブジェの中には水が入っており、この水の表面を、LEDが上部から照らし出します。きらめく光を手のひらに持つと、鼓動に似たような振動を感じることができます。このとき、鼓動と連動するように、ほんの少し灯りが増幅します。また空間を歩き回ると、来場者の動きを捉えるかのように、近くのオブジェの灯りが、ふっと強くなります。
© 2012 Toshiba Corporation
テーマ: 白熱電球をモチーフとしたLED照明の表現
アプローチ: 「灯り」という企業文化の具象化
メッセージ: 灯り、空間、文明の繋がり
白熱電球を開発したエンジニアの深い知識と献身的な努力に思いを馳せる。白熱電球という光源を初めて使った人々や、それによって照らされた生活…。140年前に白熱電球の大量生産を開始したことが、東芝の事業のきっかけになっています。東芝にとって、そしてもしかすると多くの人の無意識の中で、「電球」というシルエットは、単なる「光源」という枠を超越した特別な存在なのかもしれまあせん。電球は、ひらめきのシンボルや、照明そのものを象徴するアイコンとしての意味も持っています。
技術の移り変わりの中でともすると失われてしまうかもしれないこの形状を、展示の中に留めておきたいー。そのような意図が、無意識的に東芝のプロジェクトチームのなかにあったのでは、とTakramは考えるに至りました。
プロジェクトの詳細
このインスタレーションの会場は、ミラノの「トルトナ地区」に位置しています。約120平米程の少し入り組んだ空間。壁に規則的に並んでいるのは、アーチ型に切り取られたミラー。床に敷き詰められているのは砕いた大理石です。 空間全体に吊り下げられているのは、約100個の電球型のオブジェです。オブジェの中には水が入っており、上部からLEDの光が水面を照らします。また、このオブジェは両手で包み込むように触れることができます。 人が歩くと、その軌跡を照らすように電球型のオブジェに明かりがともります。さらに、電球に触れると、光は波打つように明滅を始めます。掌の中に感じるものは、光の明滅にシンクロして響く小さな鼓動のような振動です。
このプロジェクトは、東芝とTakram、建築家の松井亮さんの三者のコラボレーションにより実現され、イタリアのミラノ・サローネにて行われました。 毎年行われるこのイベントは、家具の見本市のほか、インテリアや小物、照明などの見本市も含まれています。フィエラ展示場で開催されるイベントと、同時期にミラノ市街で様々なブランドが独自に行うイベントからなっていて、全体を総称して、「ミラノサローネ」と呼ばれています。近年ミラノサローネは、企業やブランドの見本市としても有名です。
本展「OVERTURE(次代の照明への序曲)」では、LEDをはじめとする新しい光源の登場によって照明にもたらされるパラダイムシフトを表現しています。人の動きに呼応しインタラクティブに動作するLEDオブジェと、鏡のアーチが織りなす無限に広がる空間により、照明のパラダイムシフトや新しい光のもたらす可能性が体感できようになっています。この体験は、単なるハードウェアによって提供される単純な「光」を超越し、人の感情や感受性を思い出す「灯り」を表しています。ひいては、「あかり文化」に対する東芝の献身を体現し、さらには照明のイノベーションと人と光との新たな関係を追い求めるものです。
新しい技術が古い技術を置き換えるとき、一足飛びにそれが我々の生活の中に浸透することは、実にまれです。そのような場合は、以前の技術が持っていた形状や体験を、新しい技術が部分的に引き継ぐこともあります。例えば、車はかつて「馬のいない馬車」と呼ばれ、人々はその存在を理解しました。さらに、テレビは当初モニターが埋め込まれたキャビネット、つまり家具として販売されました。そのようなプロセスを経て、民衆の新技術に対するためらいは徐々に取り除かれていきます。その点、LEDも例外ではありません。
電球のシルエットが持つイメージと、その文化的な価値。この形状に宿る文化の脈動は、人の心の中に宿る灯りのイメージそのものです。そして、丁寧に扱うことを忘れると、ともすると途切れてしまうかもしれない、儚く無形のものでもあるでしょう。灯りを取り巻く、このような言語化できない文化的な遺伝子の脈動を絶やさずに、次の世代に引き継いでいくことはできるのでしょうか。力強く進む技術革新の中で、この仄かな鼓動を、LEDによって照らされる次の世代に託していくのは、今を生きる私たちの一つの使命かもしれません。
私たちがこの作品において描き出す世界は、未来における灯りのあり方を予言する挑戦でも、過去にすがる懐古主義的なオマージュでもありません。それはむしろ、新技術によって切り開かれ、変容を続ける未来を見据えるための、「現在地」の確認を行う行為であり、これからの方向を定めるための、ひとつの「宣言」です。
電球の丸みを帯びた形は、これまでの光の文化を表しています。私達はこの物体を、繊細な脈動と共に次の世代に渡す役割を引き受けました。あたかも、これが生き続けることを願うかのように、両手でやさしく抱きかかえて。
空間構成と機能
電球の部分に付随して、東芝製のLEDセットが光源に利用されています。(2つの部品から成っており、ひとつは強い白色発光LEDで、もう一つはそれよりやや小さい白熱灯の色に似たLEDです) モーターにつなげたハンマーが金属製の筒の内壁を打つことで、例の「脈動」を作り出しています。 透き通るように輝くガラスですが、この製作は、以前伊東豊雄さんと行った「風鈴」展の時と同じく、墨田区の「松徳ガラス」さんにお願いしました。そもそも大正時代に、電球用ガラスの製造を起源とした会社であるだけあって、非常に丁寧に仕上げていただくことができました。
ガラスの中の水には、三つの意義があります。まず第一に美的な理由です。人の触れる手に合わせて緩やかに動く水は、ガラスに新たなサーフェスを与え、光の反射をより豊かなものにします。さらに大理石の砂の上に落ちる光を、揺らめきによって演出します。第二に、技術的な側面。この電球は人が触れることにより光と振動を発しますが、水はこのとき、実は「センサー」として機能しています。通常のタッチセンサーなどの技術では不導体であるガラスに触れたことを感知するのは非常に難しいでしょう。しかしこのシリンダーには静電容量の差分を感知する部品が内蔵されています。水が静電容量を蓄えることで、人の接触をきっかけとして動作します。第三に、水は文化的な遺伝子や、灯りそのものの情緒感を湛える、一つの象徴的な「器」として機能しています。鼓動に代表される「生命感」を表現するために、その有機的な側面が生かされているとも言えるでしょう。
空間構成
ミラー
砕かれた大理石の砂利
Moiré Fabric
最終案に至るまで
会場は「デザイン・ライブラリー」と呼ばれる施設です。このロケーションに決定した開催以前の段階では、まだ鏡や砂利といったような具体的な案にはたどり着いてはいませんでした。会場を視察した当初、空間全体を有機的にくねらせた布で覆うような案や、床にいくつものマウンドをつくる案など、いろいろな可能性を模索していました。最終的には、展示のコンセプトとの整合性を考える中、電球型オブジェの視覚的効果を最も高めることのできる、アーチ型の鏡を使った案に至ったのです。分散した合わせ鏡の効果は、単純な矩形ではない入り組んだ形状を持つ場所の特性を生かすことのできる、理想的な解法でした。
鏡のアーチに至った理由には、空間の連続性や情緒的な側面などのコンセプトに整合させたことはもちろん「鏡を工場で単独生産する」という、プレキャスト施工の意図もありました。工期の短いインスタレーションの制作方法として、現場施工を極力無くした製作プロセスとなっています。空間を構成する部品は、鏡のアーチ、壁を覆う布、床に敷いた砂利、と極端に削ぎ落とされています。空間要素は限られたディテールで表現し、人と光の関係を新鮮に映し出す空間を構成しています。
Project Information
Project Team
- Art Direction: Toshiba Corporation
- Product Design & Interaction Design: Toshiba CorporationTakram
- Exhibition Space Design: Ryo Matsui Architects Inc.
- Photograph: Daichi Ano
- Exhibition: Milan (Italy) Tortona district “Design Library”, April 22–27, 2009
- © 2012 Toshiba Corporation